不忍(しのばず)の盗賊と、忍びの娘
「それで先輩は幹部になれたんですね」
いつもは細い目を丸く見開いて、娘は驚きと感心を示して見せた。
「まあな」
尊敬の目で見られる気分は悪くない。徒弟の身では味わえなかった感情に最初は戸惑いもあったが、じきに慣れた。命を賭けた試練の報酬の一つとして、味わえる美酒だ。羽目を外さない限りは酔い痴れてもいいだろう。
「それで、その宝石……〈バのひ〉ですか? 今でも持ってるのですか?」
〈バのひ〉、つまり〈バジリスクの瞳〉の隠語だ。
さすがに、こんな酒場で盗品のお宝の名前を堂々と口にしない程度の分別は教え込んだ。出会ったときはバカ正直な田舎娘で、頭を抱えることも多々あったが、裏稼業の世界で、少しは様になって来たと言えるか。
その夜、後輩の見習い娘には、オレが成り上がるに至った冒険譚を語って聞かせたが、全てではない。例えば、この試練がギルドの仕込みであったことや、最後のお宝が偽物のガラス玉だったことなどは秘密のままだ。
ギルドの体面にも関わるし、この娘がいずれ幹部試験に挑戦する可能性もあるのだから、全てを明かすことは禁じられていた。試練は本気で、命がけで挑まなければならないし、もしも最初からヤラセであると分かってしまえば、甘えも出て来るだろう。
調子に乗った種明かしは、二流の手品師だってしない。小手先の初歩の技ならともかく、深奥の秘儀は黙して語らず、才ある者のみが悟れる程度に仄めかすべし、とラニックが語っていた。
そして、この娘に才があるかを見極めよ、と。
娘の名前は〈山猫のリサ〉。
細身のしなやかな肢体と、細くて鋭い瞳が見た目の特徴で、ダークウッドの森育ちという。
典型的な世間知らずの田舎娘だが、よりによって盗賊都市の悪名高いブラックサンドに足を踏み入れるとは、うかつ者にも程がある。
一応、野育ちの忍びの技術に自信はあったのだろうが、門番の目をすり抜けて、こっそり街に侵入しようとしたら捕まった。
野外と都市では、忍びの作法にも違いがある。〈忍び足〉の苦手だったオレにでも分かることだが、野外の忍びは自然環境に自分を溶け込ませるらしい。都市でも理屈は同じだが、自然ではなく、人工環境であり、人の中に自分を溶け込ませることが重視される。
例えば、ブラックサンドによくいる物乞いだが、彼らは堂々と人前に姿をさらしながら、壁際の隅っこに引き下がっている。野生の獣なら、あっさり見つけ出して、無力な連中を餌食にするかもしれない。
しかし、都市では風景の一部として堂々と乞食商売している彼らを、住人たちはあまり気にかけない。道端に石ころが転がっていても、誰も気にしないように。まあ、たまに面白がった子どもが蹴飛ばしたり、神経質な掃除人が排除したりすることもあるかもしれないが(稀に慈善家が小銭を恵んでやったり、オレみたいに情報を求める裏稼業の人間が関わったりするケースはもちろんとして)、都市という環境に適した自然体の忍びの技もあるわけだ。
単に隠れるのではなく、姿は見せても目立たなく自然体に振る舞うのが、都市での忍びと言える。しかし、いかにも他所者って風体の田舎娘が、白昼堂々と忍んでいるつもりでコソコソしていたら、怪しさ抜群というものだ。衛兵の目に留まらないはずがない。
そんなわけで、リサは捕まって投獄された。
そこで、このオレ、〈不忍(しのばず)のピート〉と出会うことになったわけだ。
オレが〈不忍(しのばず)〉の異名を持つようになったのは、オレの短所と長所の両方を表しているからだ。
徒弟時代に〈忍び足〉が苦手だったことが一つだが、その逆に他人の忍びや隠れたものを見つけるのは昔からの得意分野で、オレの前では「何ものも忍ぶことができない」という意味で、名乗り続けている。ラニックの下に就くようになって忍びの技も伝授してもらったが、今でもオレを「忍べない」と勘違いしている輩は多い。意識して、堂々と動き回っているからな。
そして、オレが目立つことで、仲間の隠密任務を助ける囮役になっているとか、ラニックの従者として知られた男が目を付けているぞって脅しとか、堂々と存在感を見せつけることが必要な仕事も回ってくる。
そして、「忍べない」という評判は、オレにとって有利にも働く。オレを欠点持ちの若造と甘く見た敵が、オレの潜伏に気づかずに不意を突かれるというケースも何度かあって、能ある者は己を低く見積らせることで利を得るとの猛禽の格言どおりだ。
もちろん、隠すあまり、いざ爪が必要なときに錆びついてしまっていては意味がないので、人知れず修練を積んでこその能ある者なのだが。
そして、時には忍び、時には堂々と振る舞うことで、ラニックの懐刀として、いろいろこき使われているのが、オレの日常だ。
牢獄に出向いたのも、とある情報集めのため。牢番に賄賂を握らせてから、投獄された。中の囚人から大事な情報を聞き取る任務だ。一晩経てば釈放されるように話が付いていた。
だが、先客だった娘の存在が計算外だった。
「ここから出せ! あたしはただニカデマスさんに用があるだけなんだ!」
ニカデマス。
橋の下に住んでいた魔法使いの爺さんで、盗賊ギルドとしては何とも煙たい存在だった。
下手に関わると、かんしゃく持ちの魔法使いが不埒者をイモリに変えるという評判もあって、オレの知り合いも何人か行方不明になった。
暗殺者ギルドが動いたという話も聞くが、任務は果たせず、長らく冷戦状態を保っていたそうだが、とうとう領主アズール卿の親衛隊に捕まって、投獄されたらしい。しかし、その後、囚人たちと共謀して派手な脱出劇を展開したという話は、数年前に酒場で大いに盛り上がった。
そして、街の名物の老魔法使いはブラックサンドから旅立ち、今は行方不明と聞く。
今さら、ニカデマス爺さんに用があると息巻く田舎娘に、不思議な好奇心を抱いて、彼女の脱出劇に手を貸してやった。
こうして、ブラックサンドの盗賊ギルドと、未来の英雄が奇縁を持つことになった。
二つ名について
アスト「試練を果たして生き残ったピートは、正式にリサ・パンツァの先輩盗賊として認定することにした」
ダイアンナ「リサのプレイヤーとしては、彼女の背景の解像度が上がるのは歓迎だよ。〈山猫のリサ〉ってのが二つ名なんだね」
アスト「パンツァという苗字を、パンサーにつなげた形だな。基本的に盗賊ギルドという組織は、姓(ファミリーネーム)を重んじない。姓というのは、貴族や大商人、もしくは家柄を重んじる特殊な家系という背景があって成立するものだし、父がリーサン・パンザで、母の姓がツァだから、それを合わせてパンツァという姓になるのは、文化的伝統からしても相当に変わっているのは分かるな」
ダイアンナ「リアルに考えると変だよね」
アスト「しかも、彼女の姓をブラックサンドで堂々と後悔すると、リーサンの娘であることは普通に誰でも察しが付くだろうって話だ」
ダイアンナ「でも、リーサン・パンザの名前は指名手配されていても、リサがその娘であることは、すぐにはバレなかった。その辺の設定は、この記事にある通りだ」
アスト「だから、盗賊ギルド時代のリサはパンツァの名前を出さずに、〈ダークウッドのリサ〉と出身地から自己紹介した後で、裏事情に気づいてそうなラニックから、〈山猫のリサ〉の二つ名をもらったことにした」
ダイアンナ「ヒョウじゃなくて、ヤマネコなんだ」
アスト「ヒョウは体長1メートル越えの大型ネコ類。ヤマネコは50センチ越えの中型ネコ類になるかな。もしも、リサが盗賊ギルドの幹部になっていれば、徒弟時代の〈山猫〉から〈紅豹〉なんかの二つ名に昇格していたかもしれないが、それはIF未来だな」
リバT『勝手に、他人のキャラの二つ名を考えるのはどうかと思いますが?』
アスト「あくまで提案さ。もちろん、アニーの意見を重視する」
ダイアンナ「ブラックサンド時代のリサは、〈山猫のリサ〉と呼ばれていた。それは受け入れよう。でも、幹部になる前に、アズール卿に捕まって〈死の罠の地下迷宮〉に送られた。だから〈紅豹〉は幻の二つ名で、ピート先輩の脳内妄想に留めておいて欲しい」
アスト「分かった。とにかく、本作の冒険の10年ぐらい後にピートがリサと出会い、その後、リサを盗賊として訓練するんだけど、アズール卿の差し金で、ギルドは抗しきれずに、リサを売ったという筋書きを想定している」
ダイアンナ「ピート先輩はリサを助けてくれないのか?」
アスト「助けたいのはやまやまだろうけど、それで歴史を変えるわけにもいかないからな。ともあれ、ゲームブックが元ネタのオリジナル短編創作はさておいて、EX記事定番のバッドエンドと難易度認定に移ろう」
バッドエンドの話
・18:アズール卿の宮殿に忍び込もうとして、警備兵に斬殺される。
・29:黒曜石の円盤を入手しようとしたが、宝箱の鍵を開けるのに失敗して、水晶の戦士の奇襲を受ける。首筋に剣を突き刺されて死亡。
・36:アズール卿の宮殿に正面から入ろうとするが、多数の警備兵を突破できずに、牢に囚われる。
・40:毒の胞子の充満した中で、呼吸を抑えきれずに吸い込んで死亡。
・42:隠し通路が発見できずに、試験を断念することに。
・49:黒曜石の円盤を入手しようとしたが、ワイヤーの処理に失敗して、水晶の戦士の奇襲を受ける。首筋に剣を突き刺されて死亡。
・51:毒の胞子の充満した中で、脱出のための扉が開けられずに死亡。
・65:バジリスクの魔力で、石化させられる。
・107:毒の胞子の充満した中で、脱出のための扉が開けられずに死亡。
・111:悪霊に剣で切り掛かるも通用せずに、生命力を吸い取られて乗っ取られる。
・137:老魔術師に無礼を働いて、イモリに変えられる。
・158:ガーゴイルに、持っていないはずの魔法の武器で斬りかかり、作者に不正行為を注意される。最初からやり直し。
・171:グールの爪で麻痺させられて、餌食となる。
・175:ガーゴイルに空中で捕まり、抵抗できないまま、巣に運ばれて死を待つことになる。
・194:街の警備兵の集団に追い詰められて捕まる。牢の中で、処刑を待つばかりになる。
・212:隠し通路が見つからず、試験をあきらめてギルドに失敗を報告する。
・269:最後の部屋で、致命的な光に焼かれて死亡。
・275:260で宝石を見つけるも、そこから275に来て、作者に不正行為を注意される。260はダミーパラグラフで、他から到達できないことを指摘されて、最初からやり直し。
・284:3つのキーナンバーを集めていると先に進めるが、そうでなければ、ここでゲームオーバー。最初からやり直し。
・296:クモの巣を焼いて脱出しようとしたが、失敗して、自ら付けた火に包まれながら死亡。
・312:大グモの麻痺毒で動けなくなり、とどめを刺される。
・320:ダンジョンの行き止まりの通路から先に進めず、試験に合格できず。
・329:アズール卿の宮殿に、壁を登って侵入しようとして失敗。矢に当たって落下死。
・349:ブラスの家の宝部屋に閉じ込められる。〈感知〉なしでは脱出できない。
・370:迷路の中で、運だめしに失敗すれば、脱出できずにゲームオーバー。
・379:サソリの毒を受けて死亡。
・380:黒曜石の円盤で光を遮ろうとしたが、手が震えて遮るのに失敗。運だめしに失敗すると、光の直撃を受けて死亡。
アスト「以上、28パラグラフでのゲームオーバーが確認された。7%という数字は、超絶というほどではないが、十分難しくてゲームオーバーになりやすい作品だと思う」
ダイアンナ「さすがに、
(未完)